上撰 白鶴ヒストリー

1900年前後 近代化以前の酒づくり

四季醸造法が確立される以前の酒づくりは、秋の彼岸すぎから春先までの間に行われていました。神戸・灘では六甲おろしが吹きすさぶ1〜2月ごろが酒づくりの最盛期でした。作業は桶洗いをはじめ、酒米や仕込み水の搬送などすべて人力ですが、精米だけは六甲の地の利を生かし、水車精米が行われました。蔵では酒づくり歌を唄いながらの作業が昼夜休むことなく続けられ、瓶詰に至っても手作業でした。
11月に行うため秋洗いとも呼ばれた桶洗い→
11月に行うため秋洗いとも呼ばれた桶洗い
 
仕込み水の運搬風景
↑仕込み水の運搬風景
蒸入れと醪仕込み作業
↑蒸入れと醪仕込み作業
 
パリ万博に出品した瓶詰清酒
1900年(明治33年)

パリ万国博覧会に瓶詰酒出品、
円山応挙の絵をデザインした新ラベル使用

明治33年20世紀の到来を記念し、パリで開催された万国博覧会に白鶴は瓶詰酒を出品。円山応挙の鶴の絵をあしらったモダンなラベル(ラベルの変遷5を参照)が世界の人々の大きな関心を集めました。
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1964年〜 近代の酒づくりスタート

昭和27年、日本初の鉄筋コンクリート造りによる酒蔵、本店二号蔵の完成に続き、四季醸造の研究に着手。酒づくりは冬季に行うものという数百年来の常識を大転換させる試みでした。約5年の研究期間を経て同39年、四季醸造設備を有した本店三号工場を竣工。近代酒づくりの先駆的な役割を果たしました。
四季醸造設備を有する本店三号工場→
四季醸造設備を有する本店三号工場
 
白鶴酒造 ロゴ
1979年(昭和54年)

CI(コーポレートアイデンティティ)の導入

「白鶴」をシンプルに図案化したシンボルマークや“時をこえ 親しみの心をおくる”のスローガンが新聞、テレビ、ラジオといったマスメディアを通じ、全国的に浸透していきました。
 
ラベルの変遷

1 明治10年代の瓶詰初期のラベル
1)明治10年代の瓶詰初期のラベル
2 白鶴印樽貼(明治43年〜現在)
2)白鶴印樽貼
(明治43年〜現在)
3 白印樽貼(明治44年〜大正末期)
3)白印樽貼
(明治44年〜大正末期)
4 白鶴印樽貼(昭和12年〜昭和40年代)
4)白鶴印樽貼
(昭和12年〜昭和40年代)
5 円山応挙の絵をデザインした1.8L瓶ラベル(昭和23年〜昭和54年)
5)円山応挙の絵をデザインした1.8L瓶ラベル
(昭和23年〜昭和54年) 6 上撰白鶴ラベル(昭和54年〜平成元年)
6)上撰白鶴ラベル
(昭和54年〜平成元年) 7 上撰白鶴ラベル(平成元年〜平成20年)
7)上撰白鶴ラベル
(平成元年〜平成20年)
7 現在の上撰白鶴ラベル
8)現在の上撰白鶴ラベル


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